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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)890号 判決

原告

高嶋二喜子

右訴訟代理人弁護士

籠橋隆明

被告

吉田誠規

右訴訟代理人弁護士

谷口忠武

右同

下谷靖子

右同

豊田幸宏

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇万九五二〇円及びこれに対する昭和六三年五月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五四万四五二〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は昭和二七年七月三日生まれの主婦である。被告は、昭和五五年大阪歯科大学を卒業後、三年間病院の勤務医をした後、昭和五八年三月以来、肩書住所地において吉田歯科医院(以下「被告病院」という。)を経営し、かつ、患者の治療に当たる歯科医師である。

2  治療の経過

(一) 昭和四七年ころ、原告は、藤木歯科医院で、欠損していた上顎左側中切歯(以下「本件欠損歯」という。)につき、架工義歯(以下「ブリッジ」という。)の製作・補綴を受けた。

(二) 昭和五八年の被告の治療

(1) 原告は、昭和五八年五月一〇日から同年六月一三日までの間、藤木歯科医院で受けたブリッジの歯冠部分が変色したので、右部分の治療を受けるため被告医院に赴いたところ、被告は原告に対し、右ブリッジに替えて、セラミックによる義歯を前装しリテーナー等の金属骨格部分を貴金属で仕上げる構造のブリッジ(以下「セラミック前装鋳造冠ブリッジ」という。)で新たに補綴仕直すことを薦め、同ブリッジの補綴に要する費用は、セラミック義歯一本あたり七万五〇〇〇円、原告の場合は同歯を三本要するため二二万五〇〇〇円であり、保険診療の対象外の治療となる旨の説明を行った。同ブリッジの補綴治療は原告にとっては高価なものであったが、被告が、「セラミックの歯であれば半永久的に持つことを保証する。」と原告に説明したので、原告は、被告からセラミック前装鋳造冠ブリッジの補綴治療を受けることに同意した。

(2) 被告は、支台築造にあたって治療方針として、まず、原告に対し、支台歯として本件欠損歯の隣接歯である上顎右側中切歯(以下「右上一番」という。)及び上顎左側切歯(以下「左上二番」という。)を生活歯のままでブリッジの支台歯として利用する旨原告に説明した。

(3) 被告は、ブリッジ制作に当たって、口腔内全体の模型(以下「診断用模型」という。)を制作しなかった。

(4) 同年六月一三日、原告は、被告からセラミック前装鋳造冠ブリッジの装着を受け(以下「本件ブリッジ」という。)、ブリッジ補綴治療が完了した。原告は、被告に対し、補綴治療代として二二万五〇〇〇円を支払った。

(5) 本件ブリッジは装着後、二、三度脱離した。

(三) 昭和六〇年の被告の治療

昭和六〇年四月ころ、本件ブリッジが脱離したので原告が被告医院に赴いたところ、被告は、原告に謝罪し、無料で本件ブリッジの再装着を行った。被告は、本件ブリッジの再装着に当たって支台歯の再築造を行ったが、その際、被告は、原告に無断で支台歯であった本件欠損歯の隣接歯二本につき抜髄等の根管処置を施し、その歯冠部を切除し、天然歯の歯根管内部に鋳造した金属ポスト(以下「鋳造ポスト」という。)を立て、その上にレジンを盛って築造体(以下「コア」という。)を築造して、本件ブリッジを装着した。

(四) 昭和六二年の被告の治療

昭和六二年九月ころ被告の再装着にかかる本件ブリッジが脱離した。脱離した本件ブリッジの状態は、右上一番部分はレジン・コアが崩れ、折損したポストがリテーナーと同支台歯内に残存しており、左上二番部分は鋳造ポストがブリッジのリテーナーと一体となって支台歯から抜け落ちているというものであった。

そこで、同月一一日、原告は、被告医院に赴き、被告から、本件ブリッジの装着を受けたが、その際、被告は、右上一番について、新たにねじ込み式ポスト(以下「スクリュー・ポスト」という。)を歯根管内に立て、レジン・コアを再築造して支台歯を形成仕直し、また左上二番部分は、従来のレジン・コアに脱離した鋳造ポストと一体となったリテーナーをそのままはめ込んで、本件ブリッジの装着を行った。

(五) 昭和六二年九月一二日、原告は、被告に対し、装着されたブリッジが出っ歯のような状態になっていること、噛み合わせが悪いこと、食事をするとブリッジの裏側の金属が歯に当たって痛いこと等の苦情を訴えたところ、被告から本件ブリッジの代金を払い戻すから同ブリッジを返還してほしいとの返答を受け、ブリッジ補綴に関する治療を拒絶された。

(六) 昭和六二年一一月ころ、本件ブリッジが脱離し、上田歯科医院ではめ込むだけの治療を受けたが、昭和六三年五月二六日、また脱離したので、京都府立医科大学附属病院で診療を受けたところ、本件欠損歯の隣接歯の根管処置が不十分であった旨の診断を受けるとともに、根管治療を受け、本件欠損歯につき新たにブリッジ補綴治療を受けた。

3  被告の債務不履行

被告は、昭和五八年五月一〇日、原告との間で、支台歯の根管治療や支台築造を適切に行い、少なくとも一〇年間の長期使用に耐えるようにブリッジの設計・補綴を施すことを目的とする治療契約を締結していたものであるが、以下のような債務の本旨に従わない治療行為を原告に行った。

(一) 主位的主張

(1) ブリッジ補綴治療をするに当たって被告には、まず、事前検査として、問診、視診、触診、打診等の検査に加え、診断用模型を作成し、患者の口腔内の構造、咬合関係を把握した上、ブリッジの設計をなすべき業務上の義務があったにもかかわらず、被告は診断用模型の作成を怠り、原告の口腔内に不適合なブリッジを設計・制作した。

(2) 支台歯からブリッジの脱離を防ぐためには、支台歯の歯冠軸と軸面とのテーパー(角度)を可及的に少なくする必要があるが、被告は、右要請を無視して支台歯のテーパーを大きく形成したことにより、脱離し易いブリッジを制作した。

(3) 支台歯築造にあたって歯根管内にポストを立てたコアを築造する場合、ブリッジの保持力はポストの長さに比例し、また、鋳造ポストの場合は右に加えてポストの歯根軸と軸面のテーパーの小ささに比例するものであるが、

① まず、ポストの長さは、一般に歯冠部と同じかあるいは歯根部の三分の二の長さを要するところ、被告が制作した本件ブリッジのポストは、左上二番の鋳造ポストの長さは同歯冠部の半分にも満たず(同歯冠長は約一七ミリメートルであるが、同部の鋳造ポストの長さは約七ミリメートルである。)、同歯根部の長さの約五分の一程度であり、右上一番のスクリュー・ポストの長さは歯冠部の約半分で(歯冠長は約二〇ミリメートルであるが、同部のポストの長さは約一一ミリメートルである。)、同歯根部の長さの三分の一弱程しかなく、本件ブリッジを保持するのに充分な長さではなかった。

② 次に、鋳造ポストの歯根軸と軸面のテーパーは二〇分の一(一八度)以下に形成する必要があるが、被告は鋳造ポストを形成するに当たって右基準を考慮せず、二〇分の一を遙かに超える大きさのテーパーを付けた。

(4) 補綴されたブリッジが脱離する原因として、咬合関係(上顎と下顎の噛み合わせ時に生じる上下歯列の接触関係)における咬合干渉(歯が接触する際に顎が円滑に、また調和のとれた運動を妨げられるような咬合接触関係)の発生があり、歯科医師としては、ブリッジの設計・制作に当たっては、患者の咬合関係に充分な検討を用いるべき業務上の注意義務があるが、被告は、右義務を怠り、本件ブリッジによって、原告に早期接触(上顎歯列に対応する下顎歯列の中心位あるいは、中心咬合位のどちらか、あるいは中心位と中心咬合位の間で平衡関係のとれた安定した顎関係に達する前に起こる咬合接触)を生じさせ、垂直被蓋(対合する上顎歯と下顎歯の垂直的な被蓋関係をいい、歯が咬頭嵌合位にあるとき前歯群にあっては下顎切歯の切縁に対する上顎切歯の切縁の垂直的関係)及び水平被蓋(対応する上顎歯と下顎歯の水平的関係)に異常をもたらし、本件ブリッジの脱離の原因を与えた。

(二) 予備的主張

仮に、原告の歯が通常の歯より小さく、ポストは細め、短めのものが最良であり、本件ブリッジのポストの長さが相当なものであったとすれば、被告とすれば、原告に対し、このようなポストによるブリッジはその保持力が弱く、脱離し易いものである旨説明して、治療費の安い保険診療によるブリッジ補綴治療を受けるか、自費治療による高価なセラミック前装鋳造冠ブリッジの補綴治療を受けるかの選択の機会を与えるべき義務があったにもかかわらず、右義務を怠ったことにより、短期間で無駄な出費に終わるにもかかわらず原告に高価な本件ブリッジ補綴治療を受けさせた。

(三) 被告の過剰治療

被告は、本件ブリッジの支台形成につき、当初、右上一番及び左上二番とも生活歯のまま用いる旨説明し、生活歯のまま現に支台歯とされていたのである。ところで、被告には歯科医師として、歯科治療に当たっては可及的に天然歯を生活歯として存続させるべき業務上の注意義務があるが、被告は、右義務を怠り、昭和六〇年の本件ブリッジ再装置に際して、原告に無断で両歯の歯髄を抜去し、その歯冠部の歯質を多量に切削した。

4  原告の損害

(一) 本件ブリッジ代金相当額の損害 二二万五〇〇〇円

本件ブリッジは、セラミック歯一本当たり七万五〇〇〇円、三本で合計二二万五〇〇〇円であった。ところで、右ブリッジは、京都府立医科大学附属病院にて新たなブリッジ補綴を受けたので不用となったので、本件ブリッジの代金相当額が無益な出捐となった。

(二) 治療費 一六万九五二〇円

京都府立医科大学附属病院でのブリッジ再補綴に要した費用は一六万九五二〇円である。

(三) 慰謝料 一〇〇万円

原告は、被告の過剰治療によって本件欠損歯に隣接する生活歯二本(右上一番及び左上二番)の歯髄及び歯冠部の多量の歯質を失ったこと、本件ブリッジが脱離している間生活上の諸々の不便を強いられたこと、本件事故の解決のため京都歯科医師会の調停や本訴提起のため奔走したこと、医者を糾弾する患者であるとして一般開業医や公立病院において白眼視されたことなどにより、原告は著しい精神的及び肉体的苦痛を被ったもので、右苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 一五万円

原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任した。その費用は一五万円が相当である。

よって、被告は、原告に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一五四万四五二〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六三年五月一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(治療の経過)のうち、

(一) (一)(藤木歯科医院でのブリッジ補綴)の事実は知らず、

(二) (二)(昭和五八年の被告の治療)の

① (1)の事実のうち、昭和五八年五月一〇日、原告が被告医院を訪れたこと、原告の本件欠損歯には既にブリッジ補綴がなされていたこと、同ブリッジの義歯には変色が見られたこと、被告が原告にブリッジを新しく補綴仕直すことを薦めたこと、原告は、セラミック前装鋳造冠ブリッジの補綴治療に同意したこと、被告が本件ブリッジを制作・補綴したこと、被告は本件ブリッジ設計・制作に当たって診断用模型を作成しなかったこと、同ブリッジ補綴治療代金が義歯一本当たり七万五〇〇〇円、計二二万五〇〇〇円であったことは認め、その余は否認し、

② (2)の事実は否認し、

③ (3)の事実は認め、

④ (4)の事実のうち、被告は原告から本件ブリッジの補綴後、その代金二二万五〇〇〇円を受領したことは認める。但し、補綴治療が終了した日は昭和六二年六月二〇日であり、同日、右代金を受領したものである。

(三) (三)(昭和六〇年の被告の治療)の事実のうち、昭和六〇年四月に原告が被告医院を訪れたことは認めるが、その余は否認する。

(四) (四)(昭和六二年の被告の治療)の事実のうち、昭和六二年九月一一日、原告が本件ブリッジの脱離を訴えて被告医院を訪れたこと、被告が右上一番にスクリュー・ポストを立てたレジン・コアを築造仕直し、左上二番は従来の支台歯のままで本件ブリッジを装着したことは認め、その余は否認する。

(五) (五)(被告の苦情)の事実のうち、被告が本件ブリッジの返還を求めたこと、原告の本件ブリッジ補綴治療を拒絶したことは否認し、その余は認める。

(六) (六)(その後の他院での治療)の事実は知らない。

3  同3(被告の債務不履行)の事実は争う。

4  同4(原告の損害)の事実は争う。

三  被告の主張

1  治療の経過

(一) 昭和五八年の治療

(1) 原告は昭和五八年五月一〇日、下顎右側第二小臼歯(以下「右下五番」という。)の齲蝕治療のため、被告医院を訪れた。被告は、同歯牙の治療を同日から同月二一日までの間行った。

右齲蝕治療の間である同月一六日、被告は、原告から、既に他医院で補綴されていた左上一番欠損部の被冠型ブリッジの義歯の形、色が気に懸かる旨を訴えられたので、検査したところ、同ブリッジの色・形等審美面の悪化と支台歯の歯顎部の齲蝕が認められ、ブリッジの再補綴の必要がある旨診断した。

そして、被告は、本件欠損歯の補綴治療について、固定性ブリッジと可撤性義歯の方法があること、両者の長所・短所、前者の場合は自費治療であって費用が嵩むこと、自費治療によるブリッジ補綴にあっては被告医院ではセラミック前装鋳造冠によるブリッジしか取り扱っていないこと、セラミック前装鋳造冠ブリッジは、他の材質のブリッジに比べて審美性・精密性に勝っており、色・耐久性において優れていること、ただし、ブリッジ補綴は固定性であることから不潔になりがちであるため、長持ちさせるためには口腔内の日常的衛生管理に充分気を付けること等を説明した。しばらく後に、原告は自費治療によるセラミック前装鋳造冠ブリッジの補綴治療に同意した。

(2) 被告は同月一八日、他医院で既に装着されていたブリッジを撤去し、視診、触診、問診など事前検査をしたところ、右上一番は、既に無髄歯であり、齲蝕がかなり進んでいて歯冠部がほとんどなくなっており(C4)、他方、左上二番は有髄歯であり、歯冠部はある程度残存していたが、齲蝕が局所的に進んでいる状態(C3)で歯髄の抜去の必要があることが判明した。

(3) 被告は、右上一番には天然歯の根管内部にスクリュー・ポストを立てたレジン・コアを築造し、左上二番は、歯髄抜去等の根管治療を行った上、金属鋳造ポストを立てたメタル・コアを築造してそれぞれ支台築造を行った。被告は、レジンとメタルという左右異なるコアで支台築造を行っているが、支台築造にあたって、いずれのコアを選択するかは、支台歯中の天然歯牙の適応に鑑みて選択すべき問題であって、いずれのコアに統一して形成しなければならないものではない。メタル・コアは天然歯牙の歯質の切削量が多いので天然歯牙の歯根部が太い場合を適応とし、他方レジン・コアは歯根部が細い場合を適応とするものである。原告の場合、右上一番は歯冠部の崩壊が大きかったので、歯質の切削量が少なくて済むレジン・コアを、他方、左上二番は比較的歯冠部の歯質が多く残っていたのでメタル・コアを選択したのである。

(4) 被告は昭和五八年六月一三日、本件ブリッジを装着した。その後、経過観察を経て、本件ブリッジ補綴治療は同月二〇日完了し、補綴代金二二万五〇〇〇円を原告から受領した。

(二) 被告は、昭和六〇年四月三〇日から同年六月一日までの間、下顎右側第一大臼歯(以下「右下六番」という。)の痛みを訴えて来院した原告に対し、奥歯の治療を行った。この時は、本件ブリッジの脱離はなく、被告は本件ブリッジの補綴に関する治療を一切行っていない。

(三) 昭和六二年九月一一日、原告は、本件ブリッジが脱離したとして被告医院を訪れた。脱離した本件ブリッジの状態は、右上一番の方は、ブリッジにコアが付着した状態でとれており、左上二番はリテーナーが支台歯から外れているというものであった。

とりあえず、被告は、右上一番のスクリュー・ポストを取り替えた上、レジン・コアを築造仕直し、左下二番の支台歯のポスト及びコアは従前のままで、本来ブリッジを再装着した。被告はその後暫く経過観察を行う予定であったが、原告が通院しなくなり、本件ブリッジの脱離原因を究明できないまま、本件訴訟に至った。

2  被告の免責

(一) 主位的主張について

(1) 事前検査について原告は被告が診断用模型を作成しなかったことを問疑するが、事前検査の内容として、原告主張の各検査を必ず全て履践しなければならない義務が課されているものではなく、臨床医において、個々の患者の症状・今後の治療内容に応じて、臨機応変に対応すれば足りるものである。被告は原告に対し、治療段階で数回にわたって印象用模型を採っており、ブリッジの口腔内適合性を判断するのに右印象用模型の採取で充分であった。診断用模型の不採取が直ちに本件ブリッジの口腔内不適合性を招来したものではない。

(2) 支台歯の歯冠軸と軸面のテーパーの形成についても被告は充分検討しており、この点の過失はない。

(3) 支台歯のポストは、その維持力だけを考えればより長いものが望ましい。しかし、ポストを長くすることは半面において歯牙の破損の危険性を増大させることにもなるため、ポストの長さは患者の歯牙の強靭さ・大きさから破損の危険性との調和を考慮して決定すべきものである。右調和点を決定するには、歯科医師において、レントゲン写真で大体の検討をつけつつも、実際に入れてみた時の歯の振れとか手応えとかを考慮して見つけ出すものである。この点においても、被告は充分な配慮のもとにポスト長を決定しており、過失はなかった。

(4) 鋳造ポストのテーパーについても、被告は充分な配慮のもとに決定しており過失はない。

(5) 根管治療が不充分であっても、直ちにブリッジの脱離をもたらすものではなく、そもそも、本件の場合、脱離との因果関係が認められないものである。

(二) 予備的主張については、そもそも被告の行ったブリッジ補綴が脱離し易いものではなく、原告主張のような説明義務は生じていない。

(三) 被告は昭和六二年九月一一日、原告の本件欠損歯の隣接歯を検査したところ、同歯牙の歯頸部及び根面部に齲蝕が発症しているのを発見した。前記のとおり、ブリッジの保持には支台歯の清掃等口腔内の日常的衛生管理が不可欠であるところ、原告は右管理を怠り、支台歯に齲蝕を発症させた。本件ブリッジの脱離の原因は、同齲蝕部分から唾液及び細菌等の侵入が生じ、それらがブリッジのセメント部分等を浸食したことによって起こったものである。すなわち、本件ブリッジの脱離は原告の口腔内の日常的衛生管理の不充分さに起因するものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因2(治療の経過)について

1  同事実のうち、昭和五八年五月一〇日、原告が被告医院を訪れたこと、原告の本件欠損歯には既にブリッジ補綴がなされていたこと、同ブリッジの義歯に変色が見られたこと、被告が原告にブリッジを新しく補綴仕直すことを薦めたこと、原告がセラミック前装鋳造冠ブリッジの補綴治療に同意したこと、被告は本件ブリッジ設計・制作に当たって診断用模型を作成しなかったこと、同ブリッジ補綴の代金が義歯一本当たり七万五〇〇〇円、計二二万五〇〇〇円であったこと、被告は原告から本件ブリッジの補綴代金二二万五〇〇〇円を受領したこと、昭和六〇年四月に原告が被告医院を訪れたこと、昭和六二年九月一一日、原告が本件ブリッジの脱離を訴えて被告医院を訪れたこと、被告が右上一番にスクリュー・ポストを立てたレジン・コアを築造仕直し、左上二番は従来の支台歯のままで本件ブリッジを装着したこと、昭和六二年九月一二日、原告は被告に対し、装着されたブリッジが出っ歯のような状態になっていること、噛み合わせが悪いこと、食事をするとブリッジの裏側の金属が歯に当たって痛いこと等を訴えたこと、被告は原告に本件ブリッジの代金を払い戻す旨申し出たことは当事者間に争いがない。

2  前示争いのない事実に加えて、〈書証番号略〉、〈書証番号略〉のレントゲン・フィルム、〈書証番号略〉、被告及び原告各本人尋問の結果(ただし、以下の認定に反する部分はいずれも採用できない。)並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和四七年ころ、藤木歯科医院において、本件欠損歯について被冠型ブリッジ(以下「従前のブリッジ」という。)の補綴治療を受けた。

(二)  昭和五八年の治療の経過

(1) 原告は、昭和五八年五月一〇日、下顎右側奥歯に滲みるような痛みを感じること及び従前のブリッジの前装歯二本(本件欠損歯及び右上一番)が変色したことを訴えて、被告病院を訪れた。

被告は、同日、パノラマ・レントゲン写真や歯髄電気検査等を行い、原告の口腔内全体を検査したところ、まず、右下五番の齲蝕及び象牙質知覚過敏症、右下六番の全部鋳造冠の不適合及び慢性感染根管症等の診断を下し、同奥歯の各治療を同月二一日までの間行った。

(2) 右齲蝕等の治療期間中である同月一六日、被告は原告に対し、従前のブリッジには色・形という審美面において原告の口腔内における不適合性がみられること、支台歯中の天然歯の歯頸部に齲蝕が発症していることを診断した上、ブリッジを外して支台歯の齲蝕治療を行う必要があること、それを行うと改めてブリッジを作り直して装着する必要があることを説明するとともに、前歯の補綴治療については、固定性ブリッジと可撤性義歯の方法があること、前者は自費治療で高価であるが審美面及び耐久・保持の面で保険診療の対象である後者の方法より優れていること、被告医院では、自費治療によるブリッジ補綴の場合は、セラミック前装鋳造冠によるブリッジしか取り扱っていないこと、セラミック前装鋳造冠ブリッジは、他の材質のブリッジに比べて審美性・精密性・耐摩耗性・耐酸性等において優れており、相当な長期の年数にわたっての保持が期待できること、ただし、補綴したブリッジの保持期間は、支台歯中の天然歯質の寿命及び健康状態に影響されるので、長持ちさせるためにはブラッシング等口腔内の日常的な衛生管理に充分気をつけること、セラミック前装鋳造冠ブリッジの費用は、セラミック歯一本当たり七万五〇〇〇円で、原告の場合は三本を要するので同ブリッジ補綴治療費として二二万五〇〇〇円かかること等を説明した。

原告は、セラミック前装鋳造冠ブリッジは高価であるが相当な長期の年数にわたって保持できる旨の被告の言を信じ、同ブリッジの補綴治療を受けることに同意した。

(3) ブリッジ補綴治療として、被告は、五月一八日、従前のブリッジを除去し、右上一番及び左上二番の部分レントゲン写真の撮影、視診、触診、問診等(ただし、口腔内全体にわたる診断用模型は作成していない。)の事前検査を行った。

右検査の結果、原告の右上一番の歯牙は無髄歯(歯髄が既に抜去され根管内が処置されている歯)で、アマルガム等の銀合金と思われる金属によって歯冠部周辺を補修・形成して支台歯とされており、同歯冠部の残存歯質には齲蝕がみられた。他方左上二番の歯牙は有髄歯で、天然の歯冠部をそのまま支台歯として用いられていたが、同歯冠部には局所的に歯髄炎を誘発しかねない程度の齲蝕(C3)がみられた。従前のブリッジの支台歯にはポストは用いられていなかった。

上顎部には全体にわたって歯周疾患(歯槽膿漏、P2)がみられたが、日頃のブラッシングを心掛ければ治癒する程度の症状であったため、被告は、ブリッジ補綴治療において不適応ではない旨の診断をした上、左上二番に術前の簡単な処置を行い、仮歯を装着した。

(4) 被告は同月二〇日、左上二番の抜髄処置を行って仮歯を装着し、同月二七日、左上二番について、部分レントゲンを撮り、リーマーで根管内部の清掃、根管充填処置等の根管治療を行い、電気的根管長測定検査(EMR)で同歯の根管の長さを測った。同根管長測定検査によると原告の左上二番の根管長は17.0ミリメートルであった。同月三〇日、右上一番と左上二番の窩洞形成を行い、仮歯を装着した。六月三日、印象を採取した。この間、被告は、本件欠損歯の隣接歯の齲蝕部分を切削する等の治療を行った。

(5) 被告は、支台歯の形成に当たって、右上一番の場合は天然歯の歯冠部の歯質が少なかったためレジンでコアを築造したが、根管内部にはポストを用いなかった。他方、左上二番の場合は天然歯の歯冠部分に歯質が比較的多く残存していたので、歯牙内部に鋳造ポストを立てたメタルでコアを鋳造して支台築造をした。左上二番の鋳造ポストの長さは歯根部内に埋る部分で三ないし四ミリメートルで歯根長の三分の一に満たない程度であった。

(6) 被告は同年六月一三日、本件ブリッジを支台歯にセメント(グラスアイオノマー)で接着して装着した。同月一五日、経過観察を行い、同月二〇日、被告は原告に対し、以後ブリッジに関して定期的に検診に来るように指示をして本件ブリッジの補綴治療を完了し、右代金二二万五〇〇〇円を受領した。この際、原告から本件ブリッジについて咬合関係における不満を訴えられることはなかった。

(三)  昭和六〇年四月三〇日、原告は、餅を食べている時に本件ブリッジがスポッと抜け落ちたとして被告医院を訪れた。被告は直ちに、脱離した本件ブリッジをセメントで支台歯に再装着した。その後、被告はパノラマ・レントゲン写真を撮って原告の口腔内全体の診察を行い、下顎右側第二大臼歯(以下「右下七番」という。)に急性歯髄炎、下顎左側第一大臼歯(以下「左下六番」という。)に齲蝕(C2)等がある旨診断し、以後同年六月一〇日までの間同奥歯の治療を行った。この間、原告は本件ブリッジにかかる咬合関係について不満を述べることはなかった。

(四)  昭和六二年の被告の治療

(1) 昭和六二年九月一一日、原告は、とうもろこしを食べている時に本件ブリッジが脱離したとして被告医院を訪れた。本件ブリッジは、右上一番においてはブリッジにレジン・コアが付着した状態で脱離しており、左上二番はリテーナーにメタル及びポストの鋳造築造体が付着した状態で脱離していた。

被告は、右上一番の窩洞形成を行い、同歯牙の根管内に新たに歯根長の三分の一程度の長さのスクリュー・ポストを立てた上、レジン・コアを築造仕直した。左下二番の支台歯は再築造を行わず、リテーナーに付着している鋳造ポストと一体となっているメタル・コアを同歯牙の根面部に接着することにした。被告は本件ブリッジをそれぞれの支台歯にセメント(パナビアEX)で装着した。

(2) 同月一二日、原告は被告医院を訪れ、装着された本件ブリッジが出っ歯のような状態であること、咬合の際に本件ブリッジが下顎前歯に接触して痛みを覚えること、長年にわたって保持できる旨の説明を受けたはずの本件ブリッジが早期に脱離を繰り返すことの原因を知りたい等との苦情を訴えた。

(3) 同月一三日、原告は前日同様の咬合関係の不全を訴え、被告の治療をもとめた。被告はブリッジ装着についての初診代等治療代を請求したところ、原告が応じなかったので、被告は本件ブリッジの代金を返却する旨申し向け、原告への治療を拒否した。九月一四日、原告は、本件ブリッジの脱離の件について京都府歯科医師会に申出る等した。

(五)  昭和六二年一一月一一日、原告は、本件ブリッジはぐらついて脱離しそうな状態であったので、訴外上田歯科医師のもとに治療を受けに赴いた。

一一月一三日、本件ブリッジが脱離したので、上田歯科医師は、ブリッジ及び支台歯に手を加えずにそのままの状態で本件ブリッジを装着した。

(六)  昭和六三年五月二六日、本件ブリッジが脱離したので、原告は、京都府立医科大学附属病院で診療を受けに赴いた。同病院は、本件欠損歯の隣接歯について感染根管症状がみられるとして、根管治療を行った上、本件欠損歯について新たにブリッジを製作・装着する必要があると診断した。原告は、同日から同年九月二日までの間、根管治療、右上一番及び左上二番にメタル・コアの築造及びメタル・ボンド・ブリッジの設計、制作及び装着の各治療を受けた。同ブリッジの補綴代金は一歯当たり五万四〇〇〇円、計一六万二〇〇〇円であり、諸検査及び感染根管治療等に要した費用は、七五二〇円であった。

3  右認定した事実に関して、原告及び被告の主張の主な部分について検討する。

(一)  まず、藤木歯科医院における従前のブリッジ補綴治療について、原告は、右上一番の支台歯は生活歯(有髄歯)であった旨主張し、原告本人も右主張に副う供述をするが、〈書証番号略〉によると、原告は従前のブリッジについて欠損歯の義歯のみならず右上一番の歯の変色をも被告に訴えていたこと、その他、〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果からみて採用できない。

(二)  次に、昭和五八年の被告による本件ブリッジ補綴治療に関し、被告は、右上一番の支台築造について、スクリュー・ポストを用いてレジン・コアを築造した旨主張し、被告本人も右主張に副う供述をするが、〈書証番号略〉のレントゲン写真によれば、同歯牙根管部にポストの陰影がないことが認められ、〈書証番号略〉のカルテ上においてもスクリュー・ポストを用いたことを窺わせる記載は見当たらず、被告本人の供述も曖昧な部分が多く、右主張は多分に憶測ないしは記憶違いに基づくものと認められ、右主張は採用できない。

(三)  昭和六〇年の本件ブリッジの脱離について、被告は否認し、その根拠として、〈書証番号略〉のレントゲン写真(本件ブリッジが欠損歯部に装着されている状態でのパノラマ・レントゲン写真)を本件ブリッジの再装着後に撮影することが経験則上あり得ない旨主張するが、右のような経験則自体採用するに至らないものであり、また、被告本人の供述においてもこの点記憶が定かでない旨述べていること、他方、同年の脱離を主張する原告の供述は、この点において一貫しており自然であることに鑑みると、被告の右主張を採用するに至らないと言わざるを得ない。

(四)  原告は、昭和五八年の本件ブリッジの補綴治療に際し、被告は右上一番及び左上二番を生活歯のまま支台歯として用いる旨説明し、また、現に生活歯のまま支台歯にしていたと主張し、昭和六〇年のブリッジ再装着の際に、被告は原告に無断で同歯牙の歯髄抜去を行い、かつ、歯冠部を切削し、鋳造ポストを用いてレジン・コアを築造した旨主張し、原告本人も右主張に副う供述を行っている。

しかし、前示のとおり昭和五八年当時既に右上一番が無髄歯であったと認められること、〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果によると昭和五八年のブリッジ補綴治療に際して、左上二番には齲蝕(C3)がみられたこと、左上二番の抜髄及び根管治療がなされていること、右抜髄及び根管治療の際に原告が苦情や不満を述べたことを窺わせるに足りる事実がないこと等からすると、昭和五八年の本件ブリッジ補綴治療に際して被告が本件欠損歯の隣接歯を生活歯のまま支台歯とする旨説明し、かつ、生活歯のまま支台歯としていたとし、昭和六〇年に被告が無断で抜髄処置及び歯冠部切削を行ったとする原告の主張は採用できないものである。また、〈書証番号略〉によると本件ブリッジにはポストと一体として築造されたメタル・コアが左上二番のリテーナー部に付着していることが認められることからすると、昭和六〇年において被告が左上二番の築造体をレジンで築造したとする原告の主張も採用できないものである。

三以上の事実を前提に、被告の債務不履行の事実を検討する。

1  〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一)  ブリッジ補綴の意義

ブリッジ補綴とは、欠損歯の隣接歯の歯冠又は歯根に結合して橋梁の理論によって欠損歯の歯冠形態、機能及び外観を回復ないし改善する補綴治療をいい、欠損部分のポンティック(架工歯、橋体)、隣接歯に対するリテーナー(支台装置、橋脚)及びこの両者を結合する連結部から構成される。

(二)  支台築造上の注意点

ブリッジは、リテーナーを支台歯にセメント等で接着する。支台歯の歯冠部は、リテーナーに適応するように形成される必要があるが、天然歯の歯冠が齲蝕等によって形態的、機能的に支台歯として欠陥を生じている場合は、歯冠の一部又は全部をレジンやメタル等の人工的物質(築造体、コア)で補って(コアの築造)、ブリッジを保持及び維持するために充分な状態にまで回復することになる。そこで、ブリッジの保持力を充分なものにするため、支台築造を行うに際し以下の点に注意を要する。

(1) 支台歯とリテーナーの合着を強固にするためには、支台歯の歯冠軸と軸面とのテーパー(角度)を可及的に少なく形成することが必要であり、この点、一般に支台歯の軸面テーパーは二〇分の一を境にして保持力が著しく落ちることから、テーパーが右限度を超えないようにしなければならない。

(2) 支台歯にコアを築造する場合、コアと天然歯の合着を充分に行う必要がある。メタル・コアの場合は、メタルと天然歯をセメントで接着する。レジン・コアの場合は、レジンが天然歯と化学的に合着することからメタル・コアよりもより確実に強固に結合させることができる。メタル・コアの場合、レジンに比べて接着性が弱いので、後述するポストを用いて天然歯との結合を補強することが一般に行われている。この場合、メタル・コアと天然歯の結合の強固さはポストの保持力に負う面が大きくなるのでポストの形成に特に注意を要する。

(3) いずれのコアの場合にも歯根管内にネジ式や鋳造ピン等のポストを立ててコアと天然歯の結合関係をより強固にすることができる。ただし、ポストによる保持力はポストの長さ・太さに比例するので、ポストの長さ・太さを充分にとる必要がある。ポストによる保持力を充分に得るには、一般にポストの長さを歯冠部と同じかあるいは歯根部の三分の二にすることが求められている。ただし、ポストを長くすればするほど天然歯牙の歯質の切削量を増やすことになり、天然歯牙の破損の危険性が増大するので、ポストの長さを決めるに当たっては歯牙破損の危険との兼ね合いで決することが必要である。鋳造ポストの保持力は、更にポストの歯根軸と軸面のテーパーを可及的に小さくすることが求められる。一般にポストのテーパーは二〇分の一を境にして保持力が著しく落ちるので、右限度を超えないようにテーパーを形成しなければならない。

(三)  ブリッジは、支台築造及びリテーナーの装置等が確実に行われ、その他口腔内の諸条件に耐えられるように設計されていると、外からの唾液の侵入もほとんどなく、少なくとも一〇年の長期にわたって保持できる補綴物である。歯科医師は、ブリッジ補綴治療に際しては長期使用に耐え得るよう支台築造、ブリッジ設計・製作等を行う必要がある。

2 前示のとおり、被告は昭和五八年五月一六日ころ、原告との間で、本件欠損歯についてセラミック前装鋳造冠のブリッジを適切に補綴することを目的とする治療契約を締結していたものであるから、被告は原告に対し、支台築造やブリッジの設計・製作を適切に行い、少なくとも一〇年間の長期使用に耐えるようにブリッジを補綴を施すべき債務を負っていたことが認められる。

3 まず、左上二番の支台築造において被告の不完全履行が認められるかを検討する。

(一) 左上二番は根管内に鋳造ポストを立てたメタル・コアによって支台築造がなされているが、前示(一)のとおり鋳造ポストで支持されたメタル・コアの場合、コアの保持力を充分に得るにはポストの長さを歯冠部と同じかあるいは歯根部の三分の二とすることが一般に求められている。

ところで、前示認定事実によると、被告が作成した左上二番の本件鋳造ポストは、歯根部内に埋る部分で三ないし四ミリメートルの長さであり、同歯天然歯根は電気的根管長測定検査によると17.0ミリメートルであり、同ポストは歯根長の五分の一前後程度の長さしかなく、右標準的ポスト長を下回るものであること、昭和五八年六月一三日に装着された本件ブリッジは、昭和六〇年四月三〇日、昭和六二年九月一一日、同年一一月一三日及び昭和六三年五月二六日の四回にわたって脱離しているが、左上二番はいずれも五八年六月一三日に設計・製作された鋳造ポスト及びメタル・コアのまま前三回の脱離の都度セメントで装着されたのの脱離を繰り返していること、特に昭和六二年九月の装着時には強力な接着力を有するパナビアEXで接着されていたが二か月程で脱離したこと等からすると、本件鋳造ポストの長さの不足自体が本件ブリッジの脱離の一原因であると強く推認され、被告は保持力の充分でない支台築造を行ったというべきである。

(二) なるほど、ポストの長さは、天然歯の破損の危険性をも考慮して決められるべきものであるから、歯科医師において前示のポスト長の基準値をいかなる場合においても形式的に履践しなければならないものではない。この点について被告は、右ポストの長さが通常の場合に比べて短いことを認める供述を行うものの、原告の同歯牙が一般に比べて細くて弱い歯であったこと、ポストの形成段階で歯の振れや手応え等の触診により本件鋳造ポスト以上の長さにすることは歯根部の破損の危険性が窺えたことを主張し、被告本人もこれに副う供述を行っている。しかし、原告の歯が通常に比べて細くて弱いことを裏付けるに足りる証拠はなく、また、被告本人尋問の結果によると、被告は当時同医院において鋳造ポストよりも天然歯牙の切削量が少なくて済むスクリュー・ポストを一般に使用していたことが認められるが、被告が原告の左上二番の天然歯につき脆弱さ・狭小さを心配に思うならば、あえて、時間と手間がかかる上歯質切削量が多い鋳造ポストを左上二番に採用したことの説明がつかない。その他、被告の右主張を採用するに足りる証拠はない。

(三) そうすると、被告は、左上二番の支台築造に当たって、鋳造ポストの保持力を高めるべく最善を尽くすべき業務上の注意義務を怠ったというべきであって、本件ブリッジの脱離につき債務の本旨に従わない補綴治療を行ったことの責を負うものというべきである。

4 次に、右上一番の支台築造における被告の不完全履行を検討する。

前示のとおり、昭和六〇年四月三〇日、原告は本件ブリッジが「スポッと抜け落ちた」として被告医院を訪れ、被告は直ちに本件ブリッジをセメントで装着したことからすると、右上一番はリテーナーがレジン・コアから外れ落ちたものと推認される。ところで、原告本人尋問の結果によると、昭和五八年の被告による右上一番の支台歯は半円形であったことが認められるが、右脱離の状態と支台歯の形状からすると、昭和六〇年の右上一番のブリッジ脱離は、被告が支台築造に当たってコアの軸面テーパーを二〇分の一を超える程大きくとりすぎたことが一因であると強く推認される。この点、被告は右上一番の支台築造の内容及び治療経過を明確にできず、他に右推認を払拭するに足りる証拠もないことからすると、右上一番の支台築造に当たって被告の築造行為は不完全なものであったといわざるを得ない。その後、被告による右上一番の再支台築造等にもかかわらず、本件ブリッジは脱離していることからすると、被告は右上一番の治療行為について債務不履行の責を免れないものといわざるを得ない。

5  被告の過剰治療については、前示二2及び同3(四)のとおり被告の過剰診療を基礎付ける事実自体認められないものであるから、その余を判断するまでもなく原告の主張は理由がない。

四進んで、原告の損害を検討する。

1  本件ブリッジ代金相当額の損害 一八万円

前示のとおり、被告は昭和五八年六月二〇日に本件ブリッジ補綴治療を完成し、本件ブリッジの補綴代金二二万五〇〇〇円を受領したが、原告が昭和六〇年四月三〇日に本件ブリッジが脱離したとして被告医院を訪れ、その後、京都府立医科大学病院で新たにブリッジを製作・補綴されたものである。そして、本件ブリッジが不用になったこと、ブリッジは一般に少なくとも一〇年間の長期使用に耐え得る補綴物であるが、原告において本件ブリッジ補綴治療を受けてから昭和六〇年四月三〇日までの少なくとも二年間は咬合不全等を訴えることなく使用できていたこと等その他本件審理に顕れた一切の事情(特に、その脱離の時期及び回数等)に鑑み、原告は、本件ブリッジ代金の八〇%の損害を被ったものと認めるのが相当である。

2  治療費 一六万九五二〇円

前示のとおり、原告は被告の根管処置の不充分さから感染根管症に罹患し、京都府立医科大学附属病院で右感染根管症の治療及び本件ブリッジに替るブリッジの製作・補綴治療を受け、右治療に要した治療費は一六万九五二〇円であるから、これも被告の不完全な治療による損害と認められる。

3  慰謝料 二〇万円

本件ブリッジの脱離の態様及び回数、被告の治療行為の態様等その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮すると、被告のなした本件治療行為による慰謝料として二〇万円を認めるのが相当である。

五弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に依頼し、報酬の支払を約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、本件治療行為と相当因果関係に立つ損害として被告において負担を命ずべき弁護士費用の額は六万円と認めるのが相当である。

六以上の次第で、被告は、原告に対し、本件治療行為の損害として六〇万九五二〇円及びこれに対する訴状送達の日(同日が昭和六三年四月三〇日であることは当裁判所にとって顕著な事実である。)の翌日である昭和六三年五月一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。よって原告の請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小北陽三 裁判官大野康裕 裁判官鍬田則仁は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官小北陽三)

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